こんにちは、管理人の『そら』です。
今日は、いつもの「お悩みへのお返事」ではなく、私自身の話をさせてください。
以前の記事で、両親が離婚したこと、そして心を閉ざしてふさぎ込んでいた学生時代のことをお話しさせていただきました。

今回はその続きにあたる、高校2年生のときに、離れて暮らしていた父を亡くした話です。
大切な人を亡くすということ。 その悲しみの中で、人はどう過ごし、どう立ち上がっていくのか。
正解をお伝えできるわけではありません。 ただ、私自身が一年かけて経験したことが、いま同じ悲しみの中にいる誰かの、小さな灯りになれたら——そんな想いで綴ります。
少し重たい話も含みますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。
一本の電話から始まった、あの日のこと
あれは、私が高校2年生のときでした。
両親は離婚していて、父とは別々に暮らしていました。
夏の、うだるように暑い日のことです。 父の友人から、一本の電話がかかってきました。
「昨日の夕方には、外出先に着いたって報告の電話が来るはずだったんだ。なのに今日のお昼になっても連絡がこない。おかしいと思って……」
その声を聞いた瞬間、胸の奥がざわりとしました。
私は自転車に飛び乗って、父の住むアパートへ急ぎました。 セミの鳴き声が降り注ぐなか、ペダルを漕ぐたびに汗が噴き出して、シャツが背中に張りつく。でも、暑さを気にしている余裕なんて、ありませんでした。
アパートに着いてドアを開けると、部屋の中は、むっとするほどの熱気がこもっていました。 エアコンはついておらず、網戸だけが開いた部屋の中で——父は、眠るような姿のまま、意識を失って倒れていたんです。
頭が真っ白になりながらも、震える手で救急車を呼びました。 救急隊の方が到着するまでの時間が、ものすごく長く感じられたのを覚えています。
病院に運ばれた父は、「急性腎不全」と診断されました。
発見されたときには、もう手遅れの状態で手術も行えない状態でした。
そして、その翌日。
父は、静かに息を引き取りました。
「受け入れる」までに、一年かかりました
お葬式のあいだも、その後の日々も、人前では気丈に振る舞っていたと思います。
でも、家に帰って1人になると、毎日泣いていました。
「どうしてもっと早く、会いに行かなかったんだろう」 「あの電話が、もう少し早かったら」
考えても仕方のない「もしも」が、夜になると押し寄せてくるんです。
不思議なもので、悲しみって、まっすぐには来ないんですよね。
ふとした瞬間——たとえば街で父と同じ年頃の親子を見かけたとき、父の好きだったものを目にしたとき——急に胸がぎゅっと締めつけられる。
「もうこの世界に父はいないんだ」という事実を、頭では分かっているのに、心が追いつかない。
そんな日々が、ずっと続きました。
私が父の死を「受け入れられた」と感じられるようになるまで、およそ一年かかりました。
いま振り返って思うのは、この一年は「かかってしまった」のではなく、必要な時間だったということです。
私の場合は一年でしたが、これはあくまで「私の場合」です。 数年かかる人もいれば、十年経ってもふとした瞬間に涙が出る人もいます。
何年かかってもいいんです。いつまで引きずっても、いいんです。
大切な人を失った悲しみに、「早く立ち直らなきゃ」という期限はいりません。 心が追いつくまでの時間は、人それぞれ違っていい。
当時の私に声をかけられるなら、「焦らなくていいよ。泣きたい日は、泣いていいんだよ」と伝えたいです。
半年後——同じ悲しみの中にいた、同級生のこと
父が亡くなって半年ほど経った頃のことです。
同じクラスの子の、お父さんが亡くなりました。
その知らせを聞いたとき、私は、あの子がこれからどんな夜を過ごすのか、痛いほど分かる気がしました。
人前では気丈に振る舞って、でも1人になると涙が止まらなくなること。 「もしも」を考えて、自分を責めてしまうこと。 周りの「元気出して」という言葉が、優しさだと分かっていても、少し遠く感じてしまうこと。
だから私は、励ましの言葉を並べるのではなく、ただそばで、その子の気持ちに寄り添うことにしました。
無理に元気づけない。 「分かるよ」と安易に言わず、でも、本当に分かる部分は、自分の経験として静かに伝える。
しばらく経ったある日、その子がぽつりと、こう言ってくれたんです。
「そらがそばにいてくれて、本当に救われた。この悲しみって、経験した人にしか分からないもんね……。ありがとう」
その言葉を聞いたとき、胸の奥がじんわりと温かくなりました。
父を亡くした悲しみそのものは、なくなったわけではありません。
でも、あの一年間の涙が、誰かに本気で寄り添う力に変わった気がしたんです。
自分が痛みを知っているからこそ、同じ痛みの中にいる人に、そっと隣に立つことができる。
悲しみは、ただつらいだけのものではなくて、いつか誰かへの優しさに変わる——。
私がそれを教わったのは、まぎれもなく、父の死からでした。
いま、大切な人を亡くしたあなたへ
もしいま、この記事を読んでくださっているあなたが、大切な人を亡くした悲しみの中にいるなら。
私から、綺麗な正論を押し付けるようなことはしません。
「前を向こう」も「時間が解決してくれるよ」も、言いません。
ただ、これだけは伝えさせてください。
泣きたい日は、泣いていいんです。
受け入れられない自分を、責めなくていいんです。
心が追いつくまでの時間は、一ヶ月の人もいれば、一年の人も、もっとかかる人もいます。 そのどれもが「正しい悲しみ方」です。
そして、いまは信じられないかもしれませんが——。
その涙は、いつかきっと、あなた自身の、そして誰かの心を支える優しさに変わります。
あの頃の私が、半年後に同級生の隣に立てたように。
どうか、焦らないでくださいね🌱
最後に
父が亡くなってから、私は毎年、7月か8月になると、父の眠るお墓へ足を運んでいます。
この記事を書いているいまも、ちょうどその季節です。
墓前で手を合わせると、いまでも少しだけ、胸の奥がきゅっとなります。 きっとこの感覚は、これからもずっと消えないんだと思います。
でも、それでいいんです。
悲しみが消えないことは、それだけ父を大切に想っていた証だから。
今年もまた、父に会いに行ってきます。 「あなたの子どもは、ちゃんと元気にやっていますよ」と、報告してこようと思います🍃
もし、この記事があなたの心に何かを届けたとしたら嬉しいです。
大切な人を亡くした悲しみ、誰にも言えない想い、周りの方が困っていることがあれば、いつでも「お便りポスト」からお送りください。
あなたのお悩みを、一緒に考えさせていただきたいです。

